0223
会社を辞めて2週間程経った。
晴れて自由を手にしたわけだ。朝の7時半に電話が掛かってくることもなければ大声で社訓を読むことも無い。
食事は朝昼晩用意されている。たまに皿を洗う仕事が舞い込んでくるが若いうちは何事も経験だと自分に言い聞かせ業務に励んでいる。
苦痛でもないし出来ることなら一生こんな生活が続けばなんて思うが、社会で働く皆様方からお説教を受ける前に社会人3年生に復帰しなければならないと思っている。
とは言っても暇。しばらくはバカンスを満喫していたい。
そんなこんなで今日。スーツを着て鞄を持って仙台に来た。面接の予定も無いけど。
なんのためにそんなことをしたか。
おそらく、007を見てしまったせいで機密情報を扱う諜報部員に憧れてしまった悪い癖が出てしまったのだろう。
私は007になりたかったのだ。
スーツを着て軽トラで駅まで送ってもらったが頭の中では黒塗りのBMWに乗って戦場に向かうジェームズボンドそのものだった。
普段は何も言わずにドアを閉めるのに今日に限っては「行ってくる」と一言だけ伝えた。はいよーなんて呑気な返事が聞こえてきた。なんて緊張感のないやつだと怒りを通り越して呆れてしまったがまあいいだろう。
駅の階段を上がりながら「今から向かいます。状況によっては強行手段に出るつもりでいます」と電話してるフリをして歩く。すれ違ったJKと目が合った時は「後は俺に任せて君は隣にいる神取忍似のキュートな女の子とテラスハウスの話でもしてな!!」と目で訴えるあたりはまさにジェームズボンドそのものだった。
無事仙台に着きとりあえず予約したホテルに向かった。電車の中でスーツケースが私の方に向かって転がって来た時は隣に座っている中尾彰風の老人にそっと手をさしだしスーツケースの持ち主を目で牽制しとっさの危機を乗り越えたため仙台に着いた時はクタクタだった。
ホテルに着いてからも部屋のカーテンを開け隣のホテルを状況を確認したり、仲間と連絡を取るフリをしながらホテルをうろちょろしたりと私はジェームズボンドになっていた。受付嬢の巧みな誘導で領収書をもらってしまったことは今回のミッションの唯一の失敗だったがそれ以外は完璧な仕事をした。大統領にそう報告する。
無職の楽しみはこうやって何にでもなりきれることだ。求職者なんて言葉を使うから後ろめたさが出てしまうんだろう。
今何してんの?何て聞かれたらその時ごっこをしている役割を言えばいいんだ。
私の場合は「人を探している。もし見つけたら連絡してくれ」と言って去ってく予定だった。
別に仕事を答える必要もないわけだ。
ジェームズポンドごっこも終わりだ。
明日は外資系コンサルタント会社で働く語学堪能なビジネスマンごっこをする予定だからスタバに行ってMacを使うため充電満タンで寝ることにする。
プロジェクトという単語を発することにこのうえない羞恥心を感じるがコンサル会社なら当たり前のことだ。
ジェームズボンドも終わったし、普段の私に戻り「ほろ酔い素人妻 ダマシ撮り!完全盗撮」を鑑賞し眠りにつこう。